地下鉄東西線で活躍していた103系1000番台です。この1000番台は、東西線用10両編成化の時に、車両を追加するために松戸区の103系1000番台10連1本を転属させたものです。よって、三鷹区には1本のみの存在となっていました。黄帯期間もごく短期間でしたが見れたみたいです。地下区間の勾配に対応するために8M2Tという比率で編成が組まれております。編成はクハ、モハ、モハ、モハ、モハ、モハ、モハ、モハ、モハ、クハも10両編成で組まれています。
撮影場所:三鷹電車区(許可を得て区内で撮影)



地下鉄東西線で活躍していた103系1200番台です。上記で紹介した1000番台との違いは、戸袋窓の数や、クーラーなどです。たいした仕様変更はされていません。この車両も、8M2Tで組まれていましたが、1000番台とは組み方が異なっていました。ちなみに、この車両のデビュー当時は7両編成でした。しかし、のちに10両編成化。余剰車は、廃車、転属されていきました。10連化された際に、サハを組み込みましたが、サハは浦和から転属させたものでした。よって、サハのみ0番台となっています。編成はクハ、モハ、モハ、モハ、モハ、サハ、モハ、モハ、モハ、クモハも10両編成で組まれています。
撮影場所:三鷹電車区(許可を得て区内で撮影)



地下鉄東西線で活躍していた103系1200番台です。10連化の際に、余剰となった車輌を組み合わせて、5連1本が所属していました。この103系はなんといっても先頭車にホロがあることが特徴でした。301系とも共通な電気回路名ために、併結して走ることもしばしば見られました。最後のほうになると、103系1200番台クモハ1204以下5連が廃車回送されたので、残ったクハ1204以下5連の相方として運用についていました。編成はクモハ、モハ、モハ、モハ、クハの5両編成でした。
撮影場所:三鷹電車区の陸橋



三鷹電車区に所属していた165系です。上沼垂から転属してきた編成で、最後まで大目玉を誇っており、169系に混じっていた165系でもあります。最も早くに運用を離脱し、しばらくは三鷹電車区に留置されていました。その後拝島へ回送。長野へ行ってしまいました。室内はボックスシートとなっており、パンタグラフはPS23です。なぜか、上沼垂時代のK2の文字が消されないで最後まで残っていました。編成はクモハ、モハ、クハの3両編成で、169系に混じって活躍しておりました。
撮影場所:三鷹電車区の脇の土地



三鷹電車区に所属していた169系です。この特徴のある色は、八王子支社色といわれ、別名「三鷹色」ともいわれておりました。ホリデー快速、初詣臨などで活躍しておりましたが、03年の初詣臨を最後に撤退。しばらくは、拝島の留置線で姿を確認できましたが、現在は廃車回送済みです。富士急に、部品提供車として、1編成譲渡されました。M4、M5に関しては、末期にシングルアームに変更されました。そのほかの車両はPS23を搭載しておりました。
撮影場所:三鷹電車区の陸橋



総武線の各駅停車で活躍していた201系です。全編成が4+6の10両編成でしたが、固定運用として使われました。大月の事故で貸し出された編成以外は、中間先頭車にスカートは装備されませんでした。201系は、京葉線、青梅・五日市線にそれぞれ転属となり、今では総武線から撤退しています。ミツ7〜ミツ8に関しては、試作車の900番台が中間車に含まれており、異彩を放っていました。編成は、クハもは、モハ、クハ、クハ、モハ、モハ、モハ、モハ、クハとクハ、サハ、モハ、クモハ、クハ、モハ、モハ、モハ、モハ、クハの2種類が存在しました。2番目に記した編成は900番台組み込み編成です。
撮影場所:三鷹電車区の陸橋



総武線各駅停車で活躍していた201系900番台です。ATS−Pの導入に伴い、設置スペースの関係上、中間に封じ込められてしまいました。京葉電車区に転属にする際に、数年ぶりにその顔を大宮工場で現しました。(←三鷹電車区で、ばらした事はあります)量産車とも違いは、まず戸袋窓の大きさがぜんぜん違います。さらに、編成の中にクモハがあることも挙げられるでしょう。10両編成にした時に、900番大は8M2Tですが、量産車は6M4Tになります。パンタグラフも、デビュー当時は10両で8基搭載していました。
撮影場所:大宮駅



総武線各駅停車で活躍していた205系です。三鷹電車区に205系が入ったのは、東中野駅の事故の車輌不足からの新製車でした。しかし、当初からこの編成は川越電車区への転属が予定されており、予定通り、転属していきました。その後、浦和からの2本と、中原+浦和の10連が1本、計3本が三鷹電車区に転属してきました。そのうち、元中原のは非ATC仕様だったために、アンテナが真ん中に装備されています。現在では、ミツ15、ミツ16が武蔵野線の5000番台と、南武支線の浜1、浜2編成に。ミツ14編成がケヨ21編成なって、それぞれ活躍しています。編成はクハ、モハ、モハ、サハ、モハ、モハ、サハ、モハ、モハ、クハの10両編成でした。
撮影場所:三鷹電車区の陸橋



総武線各駅停車で活躍している209系500番台です。ミツ501〜ミツ509編成まではシングルアームではなく、菱形のパンタグラフが搭載されております。ぱっと見でわかってしまうので結構初期車と見分けをつけるときにはいいと思います。VVVFも209系でE231とは別物になっています。そのために、TIMSも搭載されておりません。編成はクハ、サハ、モハ、モハ、サハ、サハ、モハ、モハ、クハの10両編成で組まれています。
撮影場所:秋葉原駅



総武線各駅停車で活躍している209系500番台です。この209系は、導入当初は、習志野電車区(←現在は廃止済み)に103系の置き換えようとして導入されました。その後、E231系が落成。製造がE231系に切り替わったために、17本という少なさで終わっております。元ラシ66、67に関しては、習志野電車区廃止前に浦和電車区に転属していきました。ミツ510編成以降は、パンタグラフがシングルアームと変更されております。なお、サハ208(6ドア車)は組まれておりません。編成番号札が、習志野区時代のものとは変更されており、黄色い札となっています。編成は初期車に準じたMT比で10両編成が組まれています。
撮影場所:中野駅



総武線各駅停車で活躍しているE231系0番台です。E231−900(元209−950)をベースに製造され、量産に至りました。窓はUVカットの緑色に着色された窓を使用しています。JRマークは帯の部分に貼られ、900番台の違いが良く出ています。TIMS制御により、安全性も向上、103系の電力の半分以下で走れるということもあって、CMにも登場しています。ミツ57編成以外にたいした変化はありません。せいぜい、元ラシの編成に東急製が数本いるぐらいです。ミツ57は、増発用に導入され、導入時期が離れているために、クーラーに違いが見られます。編成はクハ、サハ、モハ、モハ、サハ、サハ、サハ、モハ、モハ、クハの10両編成で組まれています。
撮影場所:飯田橋駅



総武線各駅停車で活躍しているE231系0番台です。上記で説明しているミツ57編成です。写真ではわかりにくいですが、クーラーが自社製クーラーとなっています。そのために、気持ち太っちょに見えると思います。なぜに57かというと、三鷹電車区の場合、クハの番号を編成番号にしているために、本数増備で入れられたこの編成は、常磐導入中に入れられたためにクハの番号がずれてしまいその影響で「ミツ57」を名乗っています。これ以外は、他のE231と同じです。ちなみに、常磐快速線のE231系は新津で製造されましたが、コレに関しては東急車輛製です。編成は他のE231と変化ありません。
撮影場所:三鷹駅



地下鉄東西線で活躍しているE231系800番台です。老朽化した103系1000番台、1200番台、301系の置き換えようとして登場しました。E231系の中では初の幅狭車となりました。製造は、「東急車輛」、「川崎重工」の2社が担当しました。外見は松戸に所属している209−1000にそっくりですが、よ〜く見ると、各所に違いが見られます。なお、車外スピーカーも準備ではなく、落成時から搭載されました。MT比が6M4Tとなっているために加速は強烈です。編成は、クハ、モハ、モハ、サハ、モハ、、モハ、サハ、モハ、モハ、クハの10両編成で組まれています。
撮影場所:三鷹電車区の陸橋



総武線各駅停車で活躍しているE231系900番台です。E231系の試作車として登場しました。のちに、0番台が登場し、総武線各駅停車がE231系によって置き換えられました。この車輌は、東急車輛と新津車輌製作所で製造されました。E231系列で、唯一、転落防止ホロに帯が貼られています。なお、登場時には、209系950番台として登場し、そのごE231−900に改番されました。E231系と違う点は、JRマークの位置、窓の色などなど、他にもいろいろあります。編成は、クハ、サハ、モハ、モハ、サハ、サハ、サハ、モハ、モハ、クハの10両編成で組まれています。このうち、1両のサハは6ドア車となります。
撮影場所:千駄ヶ谷駅



地下鉄東西線で活躍していた301系です。103系1200番台と基本的な構造は変わりませんが、301系の場合、アルミで作られています。あと、台車が103系とは異なりますが、併結運転は可能となっています。もともと、アルミ無塗装の色でデビューしましたが、その後黄帯に。205系の導入後は、誤乗防止にということで青帯に塗られました。301系は、地下鉄乗り入れ車では有名な電車で、03年8月3日のさよなら運転には大勢のファンが集まったのは記憶に新しいところです。サハ101に関しては、パンタ付きのモハからの電装解除車となっているためにパンタ撤去跡が見られました。編成はハ、モハ、モハ、サハ、モハ、モハ、モハ、クモハと、クハ、モハ、モハ、モハ、クモハ、クハ、モハ、モハ、モハ、クモハの2種類が存在し、共に10両編成で組まれています。
撮影場所:三鷹電車区の陸橋



地下鉄東西線で活躍していた301系です。この写真は三鷹〜高尾、快速運転のさよなら運転のときの写真です。奇数方と偶数方で同じヘッドマーク化と思いきや、ありがとうとさようならの文字の違いがありました。高尾まで入線する301系は珍しいのではなかったでしょうか??
撮影場所:三鷹電車区の陸橋


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